Chelsea Factory

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木曜日, 3月 15, 2018

非チェル・ストーリ モディリアニ展

テートモダンでモディリアニ展をやっていた。
もうすぐ終わりで、重なってやっているピカソの方が人気だが、ピカソは何となく想像がつくので、良く知らないモディリアニ展に行った。
モディリアニと言えば、青い瞳と異様に長い顔や首の印象が強く、絵からあまり楽しい印象を受けない。
若くして亡くなったこともあり(1884-1920)、どうせワガママでお金がない、パリの無頼派の貧乏画家だったのだろうぐらいに思っていたが、そのイメージは違っていたようだ。
確かに肺病で36歳の若さで亡くなり、その死の翌日に身重の妻が後追い自殺をしたそうだから、不幸だったと言えるのだろう。
しかし、彼の場合、早くして画商に認められ、裕福とは言えないまでも若い時から毎月の生活費は保証され、妻との間には子供もおり、必ずしも私生活が悲惨だったと言うわけではない。実際、初期の作品はセザンヌのようなタッチをベースに色調も暗いが、絵が本格的に売れ始めた死の直前の作品は明るく、ピカソ等との交流もあり、幸せそうに見える。

モディリアニは殆どが人物画で、展示の中にも人物画以外は1枚しかない。(風景画は生涯で4枚しか画かなかった、と。)しかし、いわゆる肖像画ではない。 初期の作品がモデルの写真とともに展示されているのを見ると、良く似ている。 似ていると言っても写真のように似ているわけではない。目元や鼻筋が誇張され、書かれた人間は、これ違うよと言いたくなるかもしれないが、第三者が見るとそっくり。そう、上手に画こうとはせず、あっ似ていると思われるように画きなさい。 似顔絵に近いのだ。
長い首や、青い目のモデルも、確かに美しく書こうとはしていないが、きっと良く似ているのだろうと思う。 既に写真は世の中に出回り、そっくりの肖像画は必要ではなくなった時、絵が出来ることはその人となりを、写真ではできない形で残すこと、それがモディリアニが行ったことのように見える。
多くの裸婦像は、どう考えても楽しそうにも、それほど扇情的にも見えない。聞くところでは、画商に人間の肉体をもっと描いてはどうかと進められ、高いモデル代を払って、画いた、と。いわゆる愛人の類ではない。仕事としてのモデルだから、楽しい筈がないし、艶めかしくもない、そこにある人間の特徴をモディリアニ的にキャンバスに移しとった結果なのだろう。
奥さんの絵
1918年(死の2年前)幸せそう。
ヘタウマのようで、似ている
モディリアニのことを似顔絵画家などと言うと、とても失礼なように思うが、当時はまだそんな分野もなく、また人前で裸になるモデルの社会的地位や心情が今とは異なる時代の芸術であり、別に貶めようとして言っているわけではない。(実際酒場で似顔絵を描いて、酒代にしていたという話もある。)
晩年(年は若いのだが)の絵は色調も明るく、特徴のとらえ方にも幸せな雰囲気が出ており、従来の固定観念とは違ういい絵だと感心した。


大体、試合前から怖いよ怖いよと言っていたら90分守り切れるわけがない。だから3分で失点すると。もうお手上げ。ジエンド。ディ・マテオは11人で守ったが、何とか勝てるんじゃないかという見当違いの希望を選手たちは持っていた。コンテは、そんな希望を持ったら大敗するとプレッシャーをかけた。 チェルシーには何度も痛い目にあってきたバルサやメッシに自信をつけさせた罪は重い。

非チェルシー・ストーリー RIP Nokie Edwards

Nokie Edwards
Rest in Peace
1935.05.09 - 2018.03.12

Bassist, The Ventures

 

日曜日, 3月 11, 2018

3月10日 Vs Crystal Palace 2-1

降格ラインのクリスタル・パレスに勝った。それ以上も、それ以下でもない。 チェルシーとしては当たり前の結果で、特別な意味は何もない。 
あるとすれば、しばらくスタンフォードブリッジで見かけなかったアブラモビッチを久し振りに、対面のシートに見たと言うことぐらいか。

前半は圧倒した。このまま大量点で勝てば、それなりに喜べるところだったが、中々決めることが出来なかった。 それでも前半半ばにウィリアンが決め、その7分後にオウンゴールで2点リードした。 オウンゴールと言っても、ライン上でブロックしたボールがキーパーに当たって戻ってきて、再びDFに当たって入ったもので、DFがライン上でブロックしなければ、きれいなゴールだったもの。 DFはファインブロックをしたばかりに、オウンゴールの責任を負うという皮肉な結果になった。
追加点がとれないまま後半に入ると、さすがにクリスタル・パレスが点を取りにラインを上げ、チェルシーは例によって守りに入り、じりじり下がって、攻め込まれる。絶好のチャンスも作るが決めきれずにいたが、もう大丈夫だろうと、88分バカヨコ、ペドロで逃げ切り体制に入ったところで失点、ロスタイムは冷や冷やもの。得点したのが、長い間チェルシーにっ在籍、結局上に上がれなかった左サイド、ヴァン・アンホルトと言うのが皮肉。 じりじり下がって、すぐ守りに入るマインドセット、途切れる集中力、は修正されず、勝ち点3以外何の収穫もない試合になった。
試合後、コンテは次のバルサ戦ではもっと良く守って、鋭く刺す、と。どうなることやら。
Chelsea (3-4-3): Courtois; 
Azpilicueta, Christensen, Cahill (c); 
Zappacosta, Kante, Fabregas (Pedro 88), 
Alonso; Willian, Giroud (Morata 72), Hazard (Bakayoko 88).
Unused subs Caballero, Ampadu, Emerson, Moses.
Scorers Willian 25, Kelly own goal 32
Booked Morata 86
Crystal Palace (4-4-2): Hennessey; Wan-Bissaka, Kelly, Tomkins, Van Aanholt; Townsend (Lee 81), McArthur, Milivojevic (c), Schlupp; Benteke (Zaha h/t), Sorloth.
Unused subs Cavalieri, Sakho, Souare, Fosu-Mensah, Riedewald.
Scorer Van Aanholt 90
Booked Van Aanholt 59, Tomkins 86

Referee Anthony Taylor
Crowd 40,800

月曜日, 3月 05, 2018

Vs Man City 0-8 (In My Heart)

唯一、自信を持ってManCの誰にも負けないと言えるプレーヤーのKanteが、病気で(金曜日、練習中に気を失ったとか。その後回復したとか。)いなくなったら、もう何をしたらいいか分からなくなった。

テレビに映った点差以上の惨敗。

終盤、ロングボールに抜け出したアザールが、相手DFを交わしながら。並走してきたウィランにサイドパスしたが、ウィランの足元には合わず、チャンスは一瞬に消えた。その時のアザールは苦悶の表情を浮かべ、がっくりと肩を落として、自陣に戻って行った。後ろ姿は、絶望感や悔しさ、果てしない孤独感ややるせなさが漂っていた。

一昨年、モリーニョの下で不振にあえいだ時、アザールを含めた選手たちと監督の間の軋轢がとやかく言われ、アザールはそれを否定して言った。
「We fought together, won together, lost together and we suffer together.」と。
つい先日も、同じ言葉を使っていた。 We suffer together. 皆で苦しんでいるんだ。(誰かのせいじゃない。)
しかし、本当に、皆で苦しみを分かち合っているのだろうか。

コンテが一人で苦しみを独占し、選手たちと分け合おうとしていないように見える。

苦しい時にこそ、苦しみを分け合えないなら、条件の良いチームからの誘いを断るのは難しいだろう。 と、肩を落としたアザールの後ろ姿に思った。